両親

家族仲が良かったわけではない。 父親は昔ながらの一番風呂と上座にこだわり、ひどい癇癪持ちで、嫌味を言わずにはいられない人だった。自分のことは秘密主義で他人の価値観は認められなかった。 しかしその自分の価値観と世界を作り上げるパワーで、事業を…

好きな言葉

胸に世界の果をもつものは、世界の果に行かなきゃならぬ 安倍公房 人生はJOYだ。そう思うことだけが反逆なのだと思う。 吉本ばなな

散歩

武蔵小金井を散歩した。 南口から西の方へ歩く。通勤の際に住宅街を歩くときは、敷地いっぱいに詰め込まれた建物や中の様子が分からないように拒絶している窓に息が詰まるのだが、散歩のときは違う。 家が並んでいるのに、誰もいないような静けさ。光が降り…

大掃除

まず大掃除しなくてはと思い立つ。 ぼんやり浴室のカビ取りや換気扇の油汚れの掃除や片付けなどのイメージが浮かんでいる。 よく晴れた日に早起きして一気にやり遂げて、くたくただけど家はピカピカ、すっきりしたエンディングを信じている。 やり始めてから…

おばあさんとおばさん

なりたいおばあさんのイメージは昔からはっきりしていた。 大きな口を開けて、たくさん笑う。小柄でふくよかで足が小さい。髪はひっつめで、カラフルな布を巻くこともある。はっきりした色のワンピースを着ている。小さな小屋のような家に住んでいる。洗濯物…

ワイン

はじめてきちんとワインを飲んだのは、友人がスーパーで買ってきた赤玉ワインだったと思う。その後自分でも買って、赤はそのまま、白は炭酸で割って飲んだ。その友人とその畳の部屋のイメージもあいまって、ほわんと懐かしいあたたかい味を覚えている。 バー…

ステーキ

テレビで長寿の女性の食生活について取材しているところを観た。 沖縄のおばあちゃんだったと思う。 毎日ステーキを食べているとのことだった。 わたしは無性にそのおばあちゃんに憧れた。 現在は肉食はとくに好んでいないのに。胃腸が弱いし、思想的にもベ…

歌う

よく歌っていた。外でも家でも。 身体中に響かせて、大きな声で。 あまり特徴のない声だし、自分に酔っていたし、不快に感じたひともいただろう。 それでも激情といえるほどの非日常の感情を身体を使って発露することが必要だった。 そのうちに自分の歌がで…

石鹸

幼い頃、家に帰って手を洗ったあと、ふと手を見ると爪に白いかけらが付いていた。わたしは、あ、バターだと思いぺろっと舐めた。口の中に石鹸の味が広がって、無くならない。パニックになり、泣きながら母親のところに行ったことを覚えている。母親は大した…

筆記用具

書く道具にこだわりはない。 夫が職場から持ち帰ったボールペン、郵便局で買ったレターセットについていたハイジのボールペン、お笑い芸人のキャラクター付きのシャープペンシルなどが、机のペン立てに刺さっている。 父親にもらった青と金の上等なシャープ…

ガーリックスープ

とても寒く暗い夜だった。道路の脇にはまだ雪が残っていた。 コートのフードを被って、あまり顔を動かさないようにしていたので、視界が狭く余計に暗く感じたのかもしれない。 その中にぽつんと、オレンジがかった赤のちょうちんが見えた。ちょうちんには地…

長靴

幼い頃に住んでいたところは、たまに雪が積もった。 そのときは内側にボアが付いていて、底がスパイクになっているブーツを履いた。ちゃちなピンク色だった。だんだんとうす汚れて悲しかった。 雨の日の長靴は赤色だった。ピンク色のカッパを着るので派手す…

音楽

chara 話して尊いその未来のことを byork hyperballad massiveattack teardrop zero7 somersault

薬味

父は家事をしない方だったが、夕食が湯豆腐だったときは毎回〆の雑炊を作っていた。正確にいえば材料を用意していたのは母で、父は頃合いをみて立ち上がり、カセットコンロの上の土鍋に冷やごはんを入れ、おろし生姜と葱をたっぷり入れ、蓋をするのだった。…

言葉づかい

言葉づかいに関して、すぐ影響されるほうだ。 関西弁のドラマを観れば「ほんまや」と言うし、若者と話せば「やばみ」と言うし、長期の旅行に行けばすぐイントネーションが変わってしまう。 あまり考えずに口に出てしまう部分、相づちや感嘆や語尾の部分に影…

結婚式

晴れやかな空の下、白いドレスとタキシードの二人。 きちんと出会ってきちんと結婚し、きちんと世間にご挨拶。 二人も両親も友人も、全員を幸福にする儀式。 もちろんわたしも幸福になり涙ぐんでしまう。 でも、招待状が届いたそのときから、どこかに窮屈で…

花のにおい

沈丁花は爽やかにあまい。 ふっと鼻先に白い花の匂いを感じて、そのなかにスウィーティーみたいな果汁のジューシーさを嗅ぎとる頃には消えてしまう。つい必死になって小さな花を探してしまう。勝どき橋を思い出す。 ジャスミンはお茶で香りを知った。 広く咲…

支度

でかける支度が好きじゃない。 そもそも人に会うことが億劫だ。 気を使って話題を探しても盛り上がらず、食事する店を探しても満席だったり期待はずれだったり、疲れて帰ってきて家事や明日の準備をすることを考えて頭と身体が重くなってくる。 現実逃避が苦…

お粥

小さい頃寝込むと母が作ってくれたお粥は卵と梅干しが入っていて、味の素か何かわからないが、甘かったように記憶している。 中学生くらいになって、市販のセットを使ってトマトリゾットを食べた時、あまりに美味しくてびっくりした。 一人暮らしを始めて、…

「農場の少年」という小説に、靴をつくる場面がある。 うろ覚えだが、農場に靴作りのおじさんがやってきて、父親がそろそろこの子にブーツを作ってやってくれと言う。 おじさんはその場で革をのばして太い糸で縫い合わせて、あたたかで丈夫な水のしみないブ…

鞄の中身

黒いフランス製のリュックサック 大学のブックカバーに包まれた文庫本(いまは「マルタの鷹」) 知り合いのおじいさんが作ってくれた巾着袋の中に、財布と携帯電話 がま口の中に、鍵と目薬とリップクリームとマヌカハニーのど飴 前のポケットに、iPodとBOSE…

食の嗜好

母は料理が不得意だった。 面倒くさがりで甘党だったため、出汁をひかず、煮物は甘く、野菜はいつも大きめに切られていた。 あんこと果物が好きで、ご飯に牛乳をかけたものをよく食べていた。 父はカレーが嫌いで、和食派だった。キムチとかっぱえびせんが好…

つい、 自分を肯定してくれる、 自分の望みをかなえてくれる、 世界を良くするために全力を尽くす、 仕事も車も家も子どもも動物ももっているってイメージしちゃう。 確かではないがわたしのことが好きで、 泣かせたり怒らせたり笑わせたりしてくる、 同居人…

ひとつめの小学校

地方都市の山沿いだった。 となりの町まで小さな川や団地をこえて歩いていった。 寺子屋までさかのぼることができる、創立100年をこえる小学校だった。 二宮金次郎の像があった。(夜に目が光るという噂) 音楽室は古いベルベットの匂い。(壁のベートーベン…

化粧

はじめて化粧をしたときの感情は、けっして楽しいものではなかった。 不健全な年頃だった。 頬のうぶ毛も、まるい輪郭も、濃い眉毛も、重たい瞼も、目の下のくまも、気に入らなかった。 友達に仲間外れにされないように、馬鹿にされないように必死だった。 …

字をかく

100円ショップで写経の冊子を買った。 意味も書き順の説明もあり、反復練習ができる部分も用意されており、綴じ込みで本物に近いベージュの横長の用紙もある。最後のページは仏像のぬりえになっていた。 月の写真の下敷きと携帯毛筆筆ぺんを用意して、こつこ…

四ッ谷

道路がひろくて、坂が多い。 ビルが並んでいるけれど、人の出入りは多くない。 空が目に入り、自分のスペースが保てる、都心の谷間。 坂を下った途中にあるケーキ屋に行こう。 やわらかい白い壁とオリーブの木。ハーブが育つ庭。 シャイなパティシエとふんわ…

ユードラ

六本木のスヌーピーミュージアムへ行った。 最後の企画展名は「ともだちは、みんな、ここにいる。」 撮影ポイントに凝って広告効果を出し、ミュージアムショップで回収するという、お金の流れがはっきり見えてしまっているところに多少げんなりしたものの、…

バター

子どもの頃、うちに大人がいないときは、家中を探索した。 タンスの中の婚約指輪を発見し、押し入れの天袋の天井裏に入り、冷蔵庫のバターを食べた。 乳白色の楕円形の容器から、セットされたバターナイフでたっぷり掬いとって、食べた。 婚約指輪は隠され、…

きれいな色

うつくしいものを見る。 そのとき、ただ素直に生きる喜びを感じる。 スプリンクラーから涌く水にかかる虹。 壁に映る木漏れ日。 もこもことした山の稜線。 羽根のかたちをした雲。 うつくしいものを見に行こう。 きれいな色の服を着て。