work

緑深い木立ちの中、 土と水と大気が流れる。 まっさらになって目を閉じると、 なにも唱えずに、祈りがうっすらと漂う。 背筋を伸ばして、何にもおびやかされない、わたしの輪郭よ。 頭はクリアに、眼は受容して、声はまっすぐに、身体は踊らせて。 素直でい…

AKIRA

池袋に出掛けるときは、いつも慌てているような気がする。 その日の朝の家事が終わってから、プラネタリウムや映画の時間を調べ始めるからだ。 もう前からその日に観ることを決めているのに。 それでも、例えば前日に上映時間とアクセスを調べておいて、逆算…

太陽様

ごく稀に、男性でも女性でも、太陽様だと思う人がいる。 生来のプラスのパワーを放って、押しつけがましくないのに、その場を満たす人。 オレンジ色に笑って、善良で、人間を信じていて、他人のためにきちんと動ける。 健全な思考(欠点があっても、開放的で…

共同幻想

女の子が多分にそうであるように、小さな頃は性に対して潔癖だった。 汚らわしく恥ずかしいことであると、外部からのイメージによって刷り込まれた。 その後になって、様々なバリエーションの情報を得て、 動物の繁殖や、色っぽい美しい女性や、妊娠も含めた…

不倫

多夫多妻が理想だった。 それぞれがお金を稼ぎ、自分の生きたい人生を生きる。 趣味や価値観、生活のだらしなさや人生への真剣味、はたまた性が合う人と共に生きていても、恋をすることを止めなくていい。 わたしのことを一番好き、という状態を永遠に保つこ…

万葉植物園

お寺の前庭だけかと思っていたら、左手の狭い通路を抜けて小山の上まで登ることができた。 いちばん奥まったところで、しゃがみこむ。 足元は踏み固められてつるつるした土と木の根っこ。視界は植物と木とその向こうの笹林に囲まれている。 土と落ち葉の匂い…

外苑前

「フィリップ・パレーノ展」を観にワタリウム美術館へ行く。 外苑前駅を出て、フォルクスワーゲンやベンツの車を横目に、てくてく歩いてゆく。 地図も書いてきたけど、初めてこの辺りに来た大学生の頃やバイト先から夜中に歩いて帰った頃や友達の披露宴にき…

彼女の部屋

駅舎の屋根の下を出て、ウルトラマンのおしりを横目に見ながら高架下を歩く。 晴れた午後の日の当たる白い壁を連想する、からりとした街。 「左に大きな金木犀の木があって、その先の右にタクシーがたくさん停まっているところまで来て」と友人は言った。 も…

表参道

季節が変わっていき時間が流れることに合わせられずに 呼吸は浅く肩をまるめて視野を狭めて目の端で世界をとらえるようにしている。 ミステイクは鈍く受け流し美しいものはさらりと眉のあたりだけで受け止める。 誰かと会話しているときの自分は輪郭と口先だ…

「女神」

画家の石井一男についての本を読んだ。 若い頃に絵を描いていたが空白の期間を経て、46歳からまた描き始めた。 住まいは神戸の棟割住宅、六畳の部屋をアトリエにして、新聞配達を続けながら。 専業画家となってもその生活はほぼ変わらない。 朝6時に起床、昨…

夢をみた

海へとつづく急勾配の街。人の気配があまりしない。 木々は大きくその緑は濃く、晴れているのに暗い。 重い静けさに包まれて酸素濃度が高いような深い空気。 わたしは出勤のため急いで道を下っている。 その道の下にある団地はもう誰も住んでいない。人々は…

センサー

上井草のいわさきちひろ美術館に「ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ」を観に行った。 道に迷いやすく地図が読めないので、どこかへ出かけるときは、行き方を調べて紺色のノートにメモして持っていくようにしている。(今回は上井草の駅から連綿と…

ライフ イズ ストレンジ

主人公はマックスという女子高生。ボブヘアでテイラー・スウィフトに似た顔立ち。内気で校内に友人はあまりいないようだ。写真を専攻していて、自撮りをよくする、おそらくカルチャー好きのオタクと認識されている。 このゲームが気に入ったのは、オレゴン州…

LIFE

幸福、という単語から思い浮かぶのは、小学生の頃ベッドに寝転んで眺めていた白いレースのカーテンの波。 裏山の落ち葉に埋もれて木々の間から空をあおぐ。 冬の家の中で日だまりが移動するのに合わせて自分も移動しながら本を読む。 時間から自由であること…

恋人たち

彼は異国生まれで、水泳とゲームが好きで、心も体も鷹揚に育った。 初夏のある日、自宅で仕事をするために人が集まった際に彼女にはじめて会った。 さらさらした黒髪と白い肌、仕事の有能さ異彩さにすぐに恋に落ちた。 駅まで彼女を送っていき、日が落ちて帰…

5月7日

湿度の高いつつじの花の匂いに包まれて 青いアゲハ蝶をみた しろいシャツとしろいズボン、髪をなでつけた男と しろとくろの花柄のワンピース、煙草を吸う女 南風がつよい みんなの洗濯物よ、乾け、乾け

中学の国語の教科書に志村ふくみさんの文章が載っていた。 桜が咲く前、まだ枝先も花の気配を漂わせない頃の桜の枝を折って染色につかうとうす桃色に染まる。桜の木は徐々に自らの幹に花のエネルギーを集めて、枝先にそれを貯めていく。そして一気に噴出して…

死について

死は覆い隠されていた。 曾祖父母は既におらず、引っ越しを繰り返していた核家族で育った。 地方都市の道路に、雀や蛙が車に轢かれて死んでいることがあった。 本で得たイメージか、友人と道端の花を摘んで、そのそばに撒いた。 ショックは受けたが、その死…

映画

はじめて観た映画はドラえもんだと思う。「のび太のパラレル西遊記」と「のび太の日本誕生」と「のび太と雲の王国」は映画館で観た記憶がある。 まだ入れ替え制ではなく、前の回が終わるのを廊下で待っていた。音が漏れてくるから、ラストがどんな雰囲気なの…

世界

小さな頃は、いつもぼんやりと不安だった。 視界は狭く、何かから外れないように必死に綱渡りをしている気分だった。 わたしは世界のルールを知らないのだ。 はやく果てまで見聞を広めて、この世界を知らなければ。 もしかしたら、ここは誰かが見ている夢の…

親の家に住んで、お小遣いをもらっていた頃は、行ける場所は限られていた。 喫茶店に行くことも禁じられていた。コンビニエンスストアも町の外れに一件あるだけだった。本屋で立ち読みをするばかりだった。 高校生になって予備校に通うようになって、夕食を…

100円ショップ

100円ショップで買うもの ・水色の生ゴミネット 70枚入り ・半透明の手持ちつきポリ袋 15リットル ・T字剃刀 7本入り ・コロコロのシートの替え 160mm ・貼るタイプの便座シート 白 ・雑巾 輪っかが付いているもの ・薄いプラスチックのまな板 ・アイシャド…

推理小説

初めて推理小説を読んだのは、小学校の図書室にあった怪盗ルパン全集(ポプラ社)だと思う。 ジャンルは冒険小説にあたるのかもしれないが、この流れでシャーロック・ホームズを読み、同じ作者の同じ登場人物が登場するシリーズを最初から順番に読むという楽…

玄関

玄関の靴箱の上に小さなスペースがある。 紺色の海原の写真を引きのばして、額に入れて置いている。 そのまわりに、今年行った美術館のポストカードなどを並べることにしている。 スヌーピーミュージアムのトミカ。 ジブリ美術館のタイガーモス号のイメージ…

beautiful day

深い眠りから目が覚めても、暖かい布団の中でぼんやりとしていた。 夢の断片が頭をよぎる。 清潔な床、友人の笑い声、ざわめく木々の枝、そんな夢だった気がする。 ベッドからゆっくりと降りて寝室を出る。 古びた白いカーテンと窓を開けると、冬の透明な光…

万華鏡

万華鏡をひとつ、持っている。 ずいぶん前に赤坂のお店で購入したものだ。 ガラスとアイアンでできていて、赤いガラスの長方体の端に小さめの円筒形が曲面を接していて、円筒形ををつらぬく金色の棒をつまんで回す仕様になっている。 三角の覗き穴から見ると…

電話

スマートフォンを持っていない。 持っている人にとって、電話とはどのような存在なのだろうかと考える。 四六時中触っていて、いつも持っているもの。息をするように滑らかに、LINEやゲームやネット検索をしているもの。 その中の機能の一部に電話がある。 …

家には3種類の塩がある。 さらさらした海塩と岩塩と昆布の味がする塩だ。 別に料理が上手で使い分けている訳ではない。 使いこなせないので、いつまでも減らないのだ。 岩塩は鉱物だそうだ。自然の力で結晶化したもの。

コート

お洒落な人は、秋冬の重ね着の季節が好きだと聞く。 私はお洒落ではないので、重ね着が苦手だ。 天気予報や予定を考えても、それにぴったりと合う服はないのに、さらにトップスとカーディガンと上着を合わせるなんて。 そして、コート。 いくつかのコートを…

掃除

理想の掃除はお寺の掃除。 頭も胃腸も心も掃除済のお坊さんが作務衣を着て、毎朝掃除をする。 物が少ない室内は磨き上げられ、木の床は黒く光り、風が通る。 薄着と冬の庭は寒そうなのに、清々しさを感じる。 友人と古い一軒家に住んでいた頃、私の部屋は四…