石鹸

幼い頃、家に帰って手を洗ったあと、ふと手を見ると爪に白いかけらが付いていた。わたしは、あ、バターだと思いぺろっと舐めた。口の中に石鹸の味が広がって、無くならない。パニックになり、泣きながら母親のところに行ったことを覚えている。母親は大したことではないと思ったのだろう、ぼんやり微笑んでいたように思う。

ミューズやレモン石鹸などきつい香りのものが多かったし、なんとなく大きすぎる深すぎる手洗い場を恐れていた。排水溝がどうなっているかもわからなかったし。

中学1年の時、野外学習というものに行き、ラベンダーのハーブ石鹸を作った。食べ物や香料とは違うハーブの香りに気付いたのはそれが初めてだった。使えば肌の上にラベンダーのかすが残るし、後半は石鹸じたいがぼろぼろに崩れてしまった。それでもいま思えばときめきという言葉になるのだろうか、胸の奥にずんと響くようなつよい感情があった。

いまもハンドソープやボディソープには馴染まない。いっときは、髪も洗濯も石鹸で洗っていたが、その熱狂は冷め、台所とお風呂場と衣装ケースの中のみになっている。オフホワイトで丸みを帯びた形で素朴な香りの手に入りやすいものがいい。