夫
つい、
自分を肯定してくれる、
自分の望みをかなえてくれる、
世界を良くするために全力を尽くす、
仕事も車も家も子どもも動物ももっているってイメージしちゃう。
確かではないがわたしのことが好きで、
泣かせたり怒らせたり笑わせたりしてくる、
同居人のひとり。
やっかいな、神様からのプレゼント。
ひとつめの小学校
地方都市の山沿いだった。
となりの町まで小さな川や団地をこえて歩いていった。
寺子屋までさかのぼることができる、創立100年をこえる小学校だった。
二宮金次郎の像があった。(夜に目が光るという噂)
音楽室は古いベルベットの匂い。(壁のベートーベンは血の涙を流すという噂)
廊下は緑色だったが、職員室の前だけ赤かった。(階段の段数が変わるという噂)
冬にソリ滑りができる小さな崖があった。
校庭の砂は日光に当たるときらきらしていた。透明な粒だけをよく集めた。
マラソン大会や運動会やトイレや給食や通学路の変わった人や集団心理や同調圧力やたくさんの試練があった。
ふたりだけ友達ができた。
たくさん本を読んだ。
駐車場を走るシカを見た。
化粧
はじめて化粧をしたときの感情は、けっして楽しいものではなかった。
不健全な年頃だった。
頬のうぶ毛も、まるい輪郭も、濃い眉毛も、重たい瞼も、目の下のくまも、気に入らなかった。
友達に仲間外れにされないように、馬鹿にされないように必死だった。
うす紫色のマニキュア。
べたべたした透明のリップグロス。
オレンジと白のアイシャドウ。
ちっとも似合ってなかった。
そして化粧自体をきらいになった。
今、インターネットで女性たちの化粧や化粧品についての書き込みを見るのがとても楽しい。
新製品の美しさやそれぞれに合った色を発見する方法や作法やあれやこれやを語り合っている。
その純粋な好きという発露とその的確さに感嘆する。
かわりのきかない顔を受け入れて、口紅や香水を愛でて、楽しむだけでよかったのだ。
字をかく
100円ショップで写経の冊子を買った。
意味も書き順の説明もあり、反復練習ができる部分も用意されており、綴じ込みで本物に近いベージュの横長の用紙もある。最後のページは仏像のぬりえになっていた。
月の写真の下敷きと携帯毛筆筆ぺんを用意して、こつこつ書いた。
意味はだんだん気にしなくなったが、姿勢を正して、書き順をチェックしつつ、見本の字に近くなるよう、集中するように自分に働きかけた。
瞑想にちかい境地になるのかな?と思っていたが、少しちがった。
着実に升目が埋まっていく達成感と、苦行に耐えて正しいことをしているという自己肯定の作業だった。
ユードラ
最後の企画展名は「ともだちは、みんな、ここにいる。」
撮影ポイントに凝って広告効果を出し、ミュージアムショップで回収するという、お金の流れがはっきり見えてしまっているところに多少げんなりしたものの、シュルツさんの原画はとても素晴らしかった。筆のゆれをじっくり観ることができた。
登場人物の友情のありかたを、一組ずつ、複数の原画で紹介するという構成だった。心を惹かれたのは紺色のニット帽をかぶったユードラという女の子。サマーキャンプでサリーと知り合い、サマーキャンプが嫌いなところで意気投合するのだ。次の夏、ふたりが電話をしている回がある。(うろ覚えだが)サマーキャンプに行って、キャンプファイアをして、雑魚寝するなんて考えられない!家でひとりで好きなことしていたいよね。…じゃあね、サマーキャンプで会いましょう… 孤高さゆえにできた友情が素敵だし、そのうえ他人の靴下を脱がす超能力まで持っている。
スヌーピーの顔のミニカーをひとつ、買って帰りました。
バター
子どもの頃、うちに大人がいないときは、家中を探索した。
タンスの中の婚約指輪を発見し、押し入れの天袋の天井裏に入り、冷蔵庫のバターを食べた。
乳白色の楕円形の容器から、セットされたバターナイフでたっぷり掬いとって、食べた。
婚約指輪は隠され、病気になるから天井裏には行かないように言われたが、バターのことは何も言われなかった。
その後も何度か、食べた。
大人になって、友人の結婚披露宴にて、「今朝作りたてのバター」が出された。
どこまでも軽くて、油くささのない、ふんわりした、うす黄色のバター。
いつか、自分でつくることを夢見ている。