結婚式

晴れやかな空の下、白いドレスとタキシードの二人。

きちんと出会ってきちんと結婚し、きちんと世間にご挨拶。

二人も両親も友人も、全員を幸福にする儀式。

もちろんわたしも幸福になり涙ぐんでしまう。

でも、招待状が届いたそのときから、どこかに窮屈で視界が狭くなるような息苦しさと暗さを感じている。

夫婦と家族の気持ちと行動は純粋で圧倒的で素晴らしい。

様々な年代のひとと共有できるように、マナーがあることも理解できる。

しかしそこに付随する、イメージ戦略や洗脳によって余計にお金の量を増やそうとする経済社会の意図が、快くない。

ドレスやフランス料理や時間帯による服装の違いや使ってはいけない言葉やのし袋のかたちや引き出物や、儀式の意図とは遠い様々なものごと。

どうしたら主役たちを祝福できるのかではなく、今までこういう慣習でやってきてるから、高いお金を出してルールに沿って物を揃えて、こういう行動だけしてねとやんわり押し付けてくるのだ。

貧乏で頑固で面倒くさがりのわたしが、すこしだけ素敵で居心地のいい服装で、わくわくしながら集合して、自由に心から祝福できるような世界がいいな。

 

花のにおい

沈丁花は爽やかにあまい。

ふっと鼻先に白い花の匂いを感じて、そのなかにスウィーティーみたいな果汁のジューシーさを嗅ぎとる頃には消えてしまう。つい必死になって小さな花を探してしまう。勝どき橋を思い出す。

ジャスミンはお茶で香りを知った。

広く咲いていることが多く、自転車で通りがかるだけでも、その香りに包まれる。すこし枯れたような枝感が鼻を刺す。肺のなかが日なたの香りで満たされる。どこかの住宅街を思い出す。

くちなしは夜に香る。

輪郭は白粉のようなパウダリーで上品な感じだけれど、つよく甘い香り。湿気を含んで、遠くまでは広がらない。木もそっと隠れている。なだれ坂を思い出す。

金木犀は嫌いだった。人工的な匂いだと思っていた。

秋の青空によく映えるオレンジ。雨に打たれて濃いグレーの道路に散らばっても美しい。少し酸っぱみのある人工的な香りと、甘い黄金色の香りと二種類あると勝手に思っている。四ッ谷を思い出す。友人は私を思い出すそうだ。

 

支度

でかける支度が好きじゃない。

そもそも人に会うことが億劫だ。

気を使って話題を探しても盛り上がらず、食事する店を探しても満席だったり期待はずれだったり、疲れて帰ってきて家事や明日の準備をすることを考えて頭と身体が重くなってくる。

現実逃避が苦手なのかもしれない。創作物は好きだから、主人公が自分である場合の現実逃避。

日々の雑事を放置しタイムスケジュールを変更することへの不満を感じる。

急ぐことも苦手。

交通手段を調べて逆算し、身支度と荷物の用意、行く前や帰りに用事を済ませられるか考える。しかし、自分の体調や天候や不意の何かで思うようにならず、早く着きすぎて時間を持て余したり、遅刻して走ったりしなければならない。

唯一、家事を終えてひとりで出かける場合の支度のときは悪くない気分。電車の時間もぎりぎりまで調べずに、鷹揚に出かけるのが望ましい。

ほんとうは、音楽をかけて、お酒をのんだりしながら、口紅をひいたり香水をつけたりする情景に憧れる。

未来に対して気を揉まずに、現実逃避を楽しんで、待つのも走るのもどんとこいな強い気持ちをもちたい。

お粥

小さい頃寝込むと母が作ってくれたお粥は卵と梅干しが入っていて、味の素か何かわからないが、甘かったように記憶している。

中学生くらいになって、市販のセットを使ってトマトリゾットを食べた時、あまりに美味しくてびっくりした。

一人暮らしを始めて、お金がないのもあり、毎食お粥を作って食べていたら5キロ痩せた。

鶏ガラスープに葱をたくさん刻んで入れ、最後にごま油をたらす。

大蒜たっぷりのトマトスープにバジルをたっぷり。

ただの塩味も、白米のも玄米のも、さっと煮たのも煮込んだのも好き。

レトルトパックのお粥も好きだけれど(冷たいままが美味しい)、外食のお粥は美味しいと思うものがあまり無い。中華粥もリゾットも。温め直しているのだろうか?

水分が多くて塩味で、誰にも作ってあげないし、いつもひとりで食べる。お粥好きな人にもあったことがない。共有できないひとりの楽しみ。

 

 

「農場の少年」という小説に、靴をつくる場面がある。

うろ覚えだが、農場に靴作りのおじさんがやってきて、父親がそろそろこの子にブーツを作ってやってくれと言う。

おじさんはその場で革をのばして太い糸で縫い合わせて、あたたかで丈夫な水のしみないブーツを作ってくれる。

それが私の理想の靴。

以前雑誌に、モカシンを手作りできるキットが掲載されていて、購入することはできなかったが、その切り抜きをずっと持っている。

いま持っている靴は、ビルケンシュトックのサンダル、白い布製のスニーカー、日本野鳥の会の長靴、ワコールの黒いヒール靴 、ハワイアナスのビーチサンダル。

丁寧に作られていること

足にぴったりと合うこと

ちょっとだけ夢や理想や非現実的なものがこめられていること

そんな靴をはいて、出かけていこう。

鞄の中身

黒いフランス製のリュックサック

大学のブックカバーに包まれた文庫本(いまは「マルタの鷹」)

知り合いのおじいさんが作ってくれた巾着袋の中に、財布と携帯電話

がま口の中に、鍵と目薬とリップクリームとマヌカハニーのど飴

前のポケットに、iPodBOSEのイヤフォンとハンカチとポケットティッシュ

夏の間のみ、水色の日傘と同色の扇子と虫除けスプレー

休日にでかけるときは、口紅を一本入れていきます。

食の嗜好

母は料理が不得意だった。

面倒くさがりで甘党だったため、出汁をひかず、煮物は甘く、野菜はいつも大きめに切られていた。

あんこと果物が好きで、ご飯に牛乳をかけたものをよく食べていた。

父はカレーが嫌いで、和食派だった。キムチとかっぱえびせんが好きだった。

私は牛乳が飲めない。果物とおかゆが好きで、外食するならそばか天ぷらか地中海料理がいい。

弟は食に興味がなく、キシリトールガムばかり噛んでいた。

夫の親族は揃ってにんじんが嫌いだ。

夫の母親と夫は鶏皮や内蔵の煮込みが好きだ。

夫の父親と夫は瓶詰めのマヨネーズが好きだ。

夫と私は料理の味付けや好みはぜんぜん似てないが、美味しいか不味いかの判断は似ているところがある。

 

食の嗜好は遺伝や味蕾とは関係ないように感じる。

家族の影響を受けやすい人と受けにくい人がいるけれど、その人の性質や生き方に沿っていくのではないだろうか。